日本国憲法第三章の自由権的基本権の保障規定に関する最高裁判所の考え方

最高裁昭和四三年(オ)第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決

 主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。

(抜粋)
第二、当裁判所の見解
(一を省略)
二、原判決は、前記のように、上告人が、その社員採用試験にあたり、入社希望者からその政治的思想、信条に関係のある事項について申告を求めるのは、憲法一九条の保障する思想、信条の自由を侵し、また、信条による差別待遇を禁止する憲法一四条、労働基準法三条の規定にも違反し、公序良俗に反するものとして許されないとしている。
 (一) しかしながら、憲法の右各規定は、同法第三章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もつぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。このことは、基本的人権なる観念の成立および発展の歴史的沿革に徴し、かつ、憲法における基本権規定の形式、内容にかんがみても明らかである。のみならず、これらの規定の定める個人の自由や平等は、国や公共団体の統治行動に対する関係においてこそ、侵されることのない権利として保障されるべき性質のものであるけれども、私人間の関係においては、各人の有する自由と平等の権利自体が具体的場合に相互に矛盾、対立する可能性があり、このような場合におけるその対立の調整は、近代自由社会においては、原則として私的自治に委ねられ、ただ、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみ、法がこれに介入しその間の調整をはかるという建前がとられているのであつて、この点において国または公共団体と個人との関係の場合とはおのずから別個の観点からの考慮を必要とし、後者についての憲法上の基本権保障規定をそのまま私人相互間の関係についても適用ないしは類推適用すべきものとすることは、決して当をえた解釈ということはできないのである。

(二) もつとも、私人間の関係においても、相互の社会的力関係の相違から、一方が他方に優越し、事実上後者が前者の意思に服従せざるをえない場合があり、このような場合に私的自治の名の下に優位者の支配力を無制限に認めるときは、劣位者の自由や平等を著しく侵害または制限することとなるおそれがあることは否み難いが、そのためにこのような場合に限り憲法の基本権保障規定の適用ないしは類推適用を認めるべきであるとする見解もまた、採用することはできない。何となれば、右のような事実上の支配関係なるものは、その支配力の態様、程度、規模等においてさまざまであり、どのような場合にこれを国または公共団体の支配と同視すべきかの判定が困難であるばかりでなく、一方が権力の法的独占の上に立つて行なわれるものであるのに対し、他方はこのような裏付けないしは基礎を欠く単なる社会的事実としての力の優劣の関係にすぎず、その間に画然たる性質上の区別が存するからである。すなわち、私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、これに対する立法措置によつてその是正を図ることが可能であるし、また、場合によつては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によつて、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである。そしてこの場合、個人の基本的な自由や平等を極めて重要な法益として尊重すべきことは当然であるが、これを絶対視することも許されず、統治行動の場合と同一の基準や観念によつてこれを律することができないことは、論をまたないところである。
(以下略)

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/931/051931_hanrei.pdf

この最高裁判決が、憲法13条違反や14条違反を問う最高裁判決で頻繁に引用されている。

第13条

 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第14条

 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

第19条

 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

憲法第3章で規定されている自由権的基本権の保障は、「国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もつぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない」というのが、最高裁の見解である。
「私人間の関係」については、「原則として私的自治に委ねられ」ていて、「憲法上の基本権保障規定をそのまま私人相互間の関係についても適用ないしは類推適用すべきものとすることは、決して当をえた解釈ということはできない」とのこと。

(二)で「私人間の関係においても、相互の社会的力関係の相違から、一方が他方に優越し、事実上後者が前者の意思に服従せざるをえない場合があり、このような場合に私的自治の名の下に優位者の支配力を無制限に認めるときは、劣位者の自由や平等を著しく侵害または制限することとなるおそれがあることは否み難い」と認めているものの、それでもなお「憲法の基本権保障規定の適用ないしは類推適用を認めるべきであるとする見解もまた、採用することはできない」と、私人間の関係に憲法上の基本権保障規定を適用することを認めていない。
その理由として、「国または公共団体の統治行動」は「権力の法的独占の上に立つて行なわれるものであるのに対し」、「私人間の関係」では「このような裏付けないしは基礎を欠く単なる社会的事実としての力の優劣の関係にすぎ」ないことを挙げている。

では、「私人間の関係において」「劣位者の自由や平等を著しく侵害または制限する」事態が生じた場合はどうするのかというと、「これに対する立法措置によつてその是正を図ることが可能であるし、また、場合によつては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によつて」「基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途」があるから問題ないというのが最高裁の考え方。

ここでいう民法1条とは信義誠実の原則を指し、民法90条とは公序良俗違反を指している。

第一条

 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。

第九十条

 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

最高裁昭和四三年(オ)第九三二号は、企業が雇用に際して思想・信条の申告を求めることの違法性を否定しているが、その理屈が(1)企業対個人であっても私人間の関係であって、憲法14条は適用されない、(2)一方の私人たる企業にも雇入れそのものには広い範囲の自由を有しており労働基準法3条に制限されていない、(3)その上で企業側が思想・信条を理由に雇入れを拒否したとしても違憲でも違法でもなく、そのような行為が公序良俗に反するとも解釈されない、というもの。

当事者にとっては心情的に納得しがたいだろうが、理屈としては上手く出来ていると言わざるを得ない。

日本の民法は離婚後共同親権を認めていないが、その違憲性を裁判所に問うたとしても憲法13条・14条違反という主張であれば、最高裁判所がその主張を認め違憲と判断する可能性は極めて少なかろう。